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目的に応じた紫根の使いわけ

経済全体では当初の消費に回った八○○円に加え、一○○円しか金融機関がお金を貸せなかったということは、全部で八○○+一○○○○円しか需要が発生しなかったことになる。
ある人の支出は次の人の所得だから、この状態では経済全体が当初の一○○○円から九○○円に縮小してしまったことになる。 ここで九○○円の所得しかなくなった家計が、再び所得の二割を貯蓄に回し七二○円しか使わなかったらどうなるか。
その場合、一八○円が金融機関に回るが、ここでもまたどうしても貸せないお金が半分、つまり九○円出てしまったら、次の局面では七二○円十九○円、つまり八一○円しか所得が発生しないことになる。 しかも、所得が当初の一○○○円から八一○円まで落ちているということは、景気は大幅に悪化しているわけだから、資産価格もさらに下がっていると考えられる。
そうなると企業の借金返済努力はますます強化され、その一方で彼らの資金需要は減るから事態はそれこそ雪だるま式に悪化しかねないのである。 この雪だるま式に景気が悪化しかねないということが、バランスシート不況の他の不況にない、恐ろしい特徴なのである。
それでは、この縮小均衡へ向けての悪循環の行き着くところはどこであろうか。 もしも、政府がこの状態を放置して何もしなければ、この悪循環は民間があまりにも貧乏になり、まったく貯蓄できなくなったところまで行って止まるのである。
つまり、当初一○○○円の所得があった人が、上述の悪循環でとうとう所得が当初の半分の五○○円まで落ちてしまったとしよう。 そこまで所得が落ちると、家賃や生活費だけで精一杯で、まったく貯蓄ができなくなる。
まったく貯蓄ができなくなるということは、この人は五○○円の所得を全額使うわけだから、次の人の所得も同じく五○○円となる。 この五○○円を受けた次の人も全額使わなければ生活を維持できないとすれば、この人も全額使うことになるので、その次の人の所得も再び五○○円となる。

つまり、人々の所得が一銭も貯蓄できないほど貧乏になった水準まで落ちたところで、再び経済は安定を取り戻すのである。 そして、これが世に言われる「大恐慌」という世界なのである。
実際にアメリカ経済が一九二九年から一一一三年にかけて陥った大恐慌の状況は、日本がいま陥っているバランスシート不況とまったく同じだった。 当時のアメリカ人の多くは信用取引(=借金)で株を買っていたが、一九二九年のニューヨーク株の暴落をきっかけに自分たちが追いかけていた株価はバブルであり、間違っていたということに気づく。
しかし間違っていたということは、株価はもうバブル期の水準には戻らないということであると同時に、自分たちには大きな借金だけが残ったことを意味した。 そこで人々は借金の返済をしようとする。
誰も彼もが同時に消費や投資を抑えて借金返済をしようとするから、景気はあっという間に悪化する。 景気が落ち込むと、株価はさらに下がる。
株価が下がると人々は一日も早く借金を返済しようとますます頑張る。 それがさらに景気を悪くしていく。
まさに悪循環である。 しかも、当時のF大統領は、景気が悪化しているのは米国経済内にバブルに踊った腐った部分があり、これらを淘汰するのが先だとして景気対策を打つことを拒否した。
F大統領が、この縮小均衡への悪循環を許した結果、当時の米国のGDPは約半分に縮小し、株価は一○分の一、失業率はゆうに二○%を超える大恐慌に陥ってしまったのである。 意味で今の日本が陥っている抜き差しならない状況は、一九二九年から三三年までのアメリカと実に多くの点で似ているのである。
実際に、今の日本のほとんどの経済統計(前述の資金循環統計や失業率)に加え、すべての市場指標(金利、株価)が、このような危険性を学んだバランスシート不況であることを示している。 ということは、企業のバランスシート調整が続くかぎり、日本経済は、多分に縮小均衡へ向けての悪循環に陥りやすい状況にあるということは、事実として認識しておかねばならない。

今の日本経済が陥っているような深刻な事態は、バブルが何十年に一回しか起きないのと同様、極めてまれである。 だが実際に起きてしまうと、人々は自分たちが追いかけていた資産価格が間違っていたことに気づき、それまでの行動を根底から変えてしまうので、経済はとんでもない悪循環に陥ってしまうのである。
アダム・スミスの言う「見えざる手」が経済を常に拡大に持っていくという議論の大前提には、企業が利益の最大化に走るというのがあったが、一九三○年代のアメリカや今の日本では、企業が債務の最小化に走っており、拡大均衡へ向かう大前提がまったく満たされていない。 満たされていないどころか、企業が債務の最小化に走ってしまうと、「見えざる手」は前述の例でも示した通り、経済を縮小均衡へ向けての悪循環に陥れてしまうのである。
これは通常の経済学を完全に離脱した世界であるが、残念ながらいま我々はその悪循環の真っ只中にいる。 では、そういう経済の悪循環のなかで、日本経済は大恐慌を迎えることなく、どうしてここまで来ることができたのだろうか。
これはひとえに、この間、政府の財政支出が、ちょうど企業が借金返済に回ることで発生した需給ギャップを埋め、悪循環が始まるのを未然に防いでき一般政府の線を見ると、一九九○年から九二年までは日本もまだバブル期の余波があって財政収支は黒字だった。 これは今の米国の財政収支がITバブルの余波で黒字になっているのと同じである。
そこから政府は景気対策という形で年々発生する民間の貯蓄・投資ギャップを毎年毎年埋めてくれたのである。 前述したように民間企業が一斉に借金返済に回ってしまうと、大きな需給ギャップが発生する。
放っておけば大恐慌になる。 そこで政府が景気対策という形で、民間に余っているお金を借りて使うことによって、その需給ギャップを埋めてきたのである。
ところが何しろ資産価格の下落率は商業用不動産だけで八三%に達し、その穴埋めは一年や二年の借金返済でできることではない。 このように大きな借金を完済できるまで一○年、あるいはそれ以上の時間がかかるだろう。

これは我々の住宅ローンが一〜二年ではなく二○〜三○年という期間に設定されているのと同じである。 だから次の年も事態は変わらず、再び企業は借金返済に回り、またそこで発生した需給ギャップを政府が埋めてくれた。
その次の年も同じ、政府がそれを埋める。 こういう形で一○年間、日本経済はどうにか安定を維持してきた。その結果、本来であれば大恐慌になっていたはずの日本経済は、かろうじてこの一○年間、ゼロ成長を維持できたのである。
財政出動の話になると、マスコミに登場する大半の評論家は「過去一○年間に一四○兆円も景気対策を打ったが、それらはせいぜいカンフル剤の効果しかなく、結局、景気は良くならなかった。 だから同じことを繰り返しても意味がない」といったことを言っている。
この主張は、残念ながら今やK内閣を含め、国民的コンセンサスになりつつあるが、これほどデタラメで、しかも危険なコンセンサスはない。
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